限定承認
1 はじめに
親族などが亡くなられたとき,その相続人が,相続財産を取得するか,負債が多額になるという理由から相続放棄するかの選択に迫られることはよく聞くと思います。ただ,一緒に住んでいた両親が亡くなったような場合には,遺産がどの程度あるのか把握しやすく相続するか放棄するかどうかの判断が容易にできそうですが,全く会ったことのない人の相続人となることもあります。このような場合には,遺産を相続するか放棄するか容易に判断できず,相続放棄の期間を伸長したとしても遺産が確定しないことも多いでしょう。負債はないだろうと思って安易に相続し,後から多額な負債が発覚した場合にはもうどうしようもないといった事態に陥る可能性もあります。そこで,「限定承認」という手続きを検討する必要があります。
2 限定承認とは
限定承認とは、「相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続の承認をする」旨の意思表示です(民法922条)。つまり、被相続人のプラスの財産の限度においてマイナスの債務を弁済するというものですので,相続人がもともと有していた財産から被相続人の負債を弁済するということがなくなります。限定承認は、相続財産がプラスなのかマイナスなのか分からず単純承認するか放棄するか決めかねる場合に、有効な選択肢であるといえます。
3 限定承認の要件
限定承認は、相続放棄と同様、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に(民法915条1項)、共同相続人全員が共同して(民法923条)、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述する必要があります(民法924条)。「自己のために相続の開始があったことを知った時」(熟慮期間)は、被相続人が亡くなったのを知った日だけではないため(詳細は相続放棄の記事を参照)、同人が亡くなった日を知って3か月が経過しても諦めないようにしてください。また、この熟慮期間は、起算点の最も遅い相続人を基準に計算されます。そのため、相続人の1人が同人の熟慮期間内に限定承認等をせずに法定単純承認したとしても(民法921条2号)、他の相続人の熟慮期間が経過していなければ、相続人全員で限定承認をすることができます。相続放棄をした者がいれば、その者は初めから相続人とならなかったものとみなされるため(民法939条)、相続放棄をした者以外の相続人全員で限定承認ができます。
相続人の中に相続財産を処分した者(民法921条1号)や限定承認後に相続財産を隠匿等した者(同条3号)がいる場合、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、その共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができます(民法937条)。
4 限定承認の手続き
被相続人の最後の住所地の家庭裁判所に限定承認申述書と必要書類、収入印紙800円、連絡用の郵便切手を提出します。必要書類や郵便切手の内訳については、裁判所に確認するか裁判所ウェブサイトを参考にしてください。
5 限定承認の注意点
一見、限定承認は相続人にとって有利な制度に見えます。しかし、実際の利用はあまり多くありません。利用が少ない理由としては以下のものが考えられます。
⑴ 相続人全員でしなければならないこと
前述したとおり、相続人全員で限定承認をする必要があるため、相続人のうち1人でも反対する者がいれば限定承認はできません。
⑵ 手続きが煩雑であること
限定承認の申述後、相続財産を管理しながら除斥公告、換価、弁済等の清算手続きを行う必要があります(民法926~936条)。
⑶ 課税リスクがあること
限定承認があった場合、譲渡所得課税が生じる見込みがないケース(不動産や株式等が相続財産に含まれないケース等)を除き、相続開始時に「その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす」(所得税法59条1項1号)ため、準確定申告(同法125条)をする必要があります。そのため、みなし譲渡所得課税が発生するのみならず、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に準確定申告をしなければなりません。準確定申告を失念すれば相続人固有の債務として附帯税が発生します。
しかも、準確定申告をすると、これが被相続人の租税債務の確定行為として「処分」(民法921条1号)にあたり、法定単純承認したものとみなされるおそれがあります。
さらに、限定承認の場合、居住用財産の譲渡の特別控除(租税特別措置法35条)、居住用財産の譲渡所得の軽減税率(同法31の3条)が使えなくなります。
6 まとめ
このように限定承認は一見して素晴らしい制度にみえるものの、手続きの煩雑さや課税リスクがあることから敬遠されがちになります。マイナスの財産に比べてプラスの財産の方が明らかに多額になる場合には単純承認をすればよいですし、逆であれば相続放棄をすればよいでしょう。一方、相続財産がいくらか確定できない場合や、どうしても一部の財産を承継したい場合には、みなし譲渡所得課税などのことを念頭に置きつつ、限定承認を検討すればよいでしょう。