相続コラム
親族による親の遺産の使い込みを立証するには
—京都の相続弁護士が解説する、証拠の集め方と実務上の落とし穴—
「親が亡くなって通帳を確認したら、見覚えのない多額の出金があった」
「同居していた兄が、親の預金を管理していたはず。何に使ったのか、まったく説明してくれない」
こうしたご相談は、当事務所でも毎月のようにお受けしています。
亡くなったご家族のお金が、他の相続人によって勝手に使われていたのではないか。そう疑い始めたとき、多くの方が直面するのが「どうやってそれを証明すればいいのか」という問題です。
この記事では、京都の相続弁護士として実務に携わってきた経験から、いわゆる「使い込み(使途不明金)」を立証するために知っておくべきことをお話しします。
目次
1. 「使い込みかもしれない」と疑ったときに、まず確認すべきこと
2. 立証責任は、請求する側にあります
3. 集めておくべき証拠と、その順番
4. 当事務所の経験上、特に注意していただきたいこと
5. 弁護士に相談することのメリット
1. 「使い込みかもしれない」と疑ったときに、まず確認すべきこと
通帳を見て不自然な出金に気づいたら
親御さんが亡くなった後、遺品整理の中で通帳を確認することは少なくありません。そのときに、たとえば次のような出金があると、強い違和感を覚えます。
- 親が入院していた時期に、何度も100万円単位の出金がある
- 親が認知症と診断された後にも、定期的にまとまった金額が引き出されている
- 亡くなる直前に、預金口座が一気に減っている
これらは「使途不明金」(つまり、亡くなった方の財産から引き出されたものの、何に使われたか分からないお金、ということです)と呼ばれます。
ご家族のどなたかが管理を任されていた場合、そのお金が本当にご本人のために使われたのか、それとも管理者が自分のために使ってしまったのか。これが、相続争いの大きな火種になります。
まず取り組むべきは「取引履歴」の取得
通帳に記載されているのは、直近数年分の取引にすぎないことが多いものです。実際の現場では、もっとさかのぼって調べる必要があります。
そこで取り組んでいただきたいのが、金融機関に対する取引履歴の開示請求です。亡くなった方の相続人であれば、各金融機関に対して、過去の取引履歴の開示を求めることができます。
ただし、ここに大きな注意点があります。
多くの金融機関では、取引履歴の保存期間が10年とされています。それより古い取引は、もはや調べることができない場合があります。だからこそ、「使い込みかもしれない」と気づいた段階で、できるだけ早く取引履歴を取得することが、その後の手続の成否を分けます。
2. 立証責任は、請求する側にあります
悪いことをした側が説明すべき、とは限らない
多くの方が誤解されている点があります。それは、「使い込みを疑われている側が、自分が使い込んでいないことを証明すべきだ」という考え方です。確かに、感覚としては自然です。「やましいことがないなら、説明できるはずだ」と思うのは当然のお気持ちでしょう。
しかし、民事訴訟の世界では話が違います。
原則として、立証責任を負うのは、請求する側(原告)です。つまり、「兄が親の預金を勝手に使い込んだ」と主張する側が、その事実を証拠で示さなければなりません。
これが、使途不明金をめぐる争いの最大のハードルです。
AIに判例を聞いたら、危うく失敗するところでした
ここで、当事務所で実際にあった話を一つご紹介します。
ある京都の相続事件で、私は使途不明金の立証責任に関する裁判例を整理する必要がありました。試しに生成AIに使途不明金の立証責任に関する裁判例を教えてと質問してみたところ、AIは即答しました。
「最高裁平成20年6月10日判決が、引き出した側に立証責任を負わせる判例として有名です」。もっともらしい回答です。しかし、私は念のため、判例データベースで原典を確認しました。すると、その年月日の判例は確かに存在しました。しかし、預金引出しの立証責任とはまったく無関係だったのです。
もしこの判例を信じてそのまま裁判所に提出する書面に引用していたら、相手方の弁護士や裁判官からすぐに指摘され、依頼者の信頼を失っていたかもしれません。
実際の現場では、こうした「AIによる判例の捏造」は珍しいことではありません。インターネットや生成AIで調べた情報をそのまま鵜呑みにすることの危険性を、改めて実感した経験でした。
実際に使えるのは、どのような裁判例か
使途不明金の立証では、東京地裁の複数の裁判例(令和2年10月22日判決、平成28年8月25日判決等)が参考になります。これらの裁判例では、
- 引き出した相続人が、亡くなった方から正当な引出権限を与えられていたか
- 亡くなった方が、引出時点で意思能力を有していたか
- 引き出された金銭が、何に使われたと合理的に説明できるか
こうした点が、丁寧に検討されています。
これらの裁判例を踏まえて、どのような証拠を集め、どのような順序で主張を組み立てるか。それを判断するのが、相続を扱う弁護士の仕事です。
3. 集めておくべき証拠と、その順番
証拠の三本柱
立証責任を果たすために、当事務所で重視しているのは次の三つの証拠です。
① 金融機関の取引履歴
最も基本的かつ重要な証拠です。預金の引出しがいつ、いくら、どこの支店で行われたかを示す客観的なデータになります。
特に、ATM出金か窓口出金かが分かることもあり、窓口出金であれば「誰が出金したか」を金融機関側で記録していることがあります。
② 医療記録・介護記録
亡くなった方が、引出時点で「自分でお金を管理する判断能力があったか」を示す重要な証拠です。
認知症の診断時期、入院・施設入所の状況、長谷川式認知症スケール等の客観的な検査結果。これらは、本人が自分で引き出したという言い分を崩すうえで欠かせません。
当事務所では、こうした医療記録の取り寄せから、診療経過の整理まで、依頼者の方に代わって進めています。
③ 金銭の使途を否定する間接事実
「引き出されたお金が、本当にご本人のために使われたなら、生活費としては不自然な額ではないか」「同時期に管理者側の生活が急に派手になっていないか」——こうした間接的な事実を積み重ねることも、実務では大切です。
収集の順番にもコツがあります
これらを闇雲に集めればいいわけではありません。当事務所の経験上、おすすめする順番は次のとおりです。
まず、取引履歴を取得して「全体像」を把握する。次に、不自然な出金の時期を特定し、その時期の医療記録・介護記録を取り寄せる。最後に、相手方の生活実態を確認する。
逆の順番で進めると、後から「この時期の取引履歴がもう取得できない」「あの病院のカルテはもう廃棄されていた」という事態に陥ることがあります。証拠保全には、時間との戦いという側面があるのです。
4. 当事務所の経験上、特に注意していただきたいこと
いきなり相手方を問い詰めるのは、得策ではありません
「兄が勝手に使い込んだに違いない」と確信されると、つい感情的に問い詰めたくなるものです。しかし、これが事態をこじらせることが多いのです。
相手方は、追及されればされるほど、防御を固めます。「自分は何もしていない」「親に頼まれて代わりに引き出しただけだ」と言い張られると、その後の交渉も裁判も難航します。
実際の現場では、まずは穏やかに「使途について教えてほしい」と尋ねるのが、意外と効果的です。相手方が早い段階で何らかの説明をしてくれれば、その内容の不自然さが、後の立証で重要な手がかりになります。
京都家庭裁判所での実務上の留意点
遺産分割調停の中で使途不明金を主張しても、家庭裁判所はその場での解決を避ける傾向があります。
これは、使途不明金の問題が、本来は遺産分割の枠を超える「不法行為(つまり、わざと違法に他人に損害を与える行為のこと)に基づく損害賠償請求」や「不当利得(つまり、法律上の理由なく利益を受けて他人に損失を与えること)返還請求」の領域に属するからです。
京都家庭裁判所での遺産分割調停と、京都地方裁判所での民事訴訟を、どう組み合わせて進めるか。これも実務的に重要な判断になります。
「主張するか、しないか」の見極めも大切です
ここまで読まれて、「自分の事案でも使途不明金を主張すべきだ」と思われたかもしれません。
しかし、当事務所では、依頼者の方の事情をおうかがいした上で、「あえて主張しない」という選択をご提案することもあります。
立証のハードルが高く、時間と労力を費やしても認められない可能性が高い場合。あるいは、依頼者の方ご自身にも、亡くなった方から多少のお金を受け取っていたといった事情があり、こちらの主張が逆に相手方からの反撃を招きかねない場合。
こうしたケースでは、感情的には納得しがたくても、「主張しないこと」が依頼者の利益になることがあります。
5. 弁護士に相談することのメリット
証拠収集を、依頼者の代わりに進められます
金融機関への取引履歴の開示請求、病院や施設からの診療記録の取り寄せ、相手方への内容証明郵便の送付。これらは個人の方が行うと、相手方に警戒されたり、対応してもらえなかったりすることがあります。
弁護士が代理人として動くことで、これらの手続きが格段にスムーズになります。
依頼者にとっての「最善の落としどころ」を見極められます
使途不明金の問題は、白か黒かで決着がつくとは限りません。むしろ、多くの事案では、ある程度の和解で終わることが現実的です。
どの段階で和解を目指すか、どこまで譲歩するか。これは、相続事件を多く扱ってきた弁護士でないと判断が難しい部分です。
「相続後」の人生まで考えた対応ができます
相続の争いは、顔見知りの親族同士で起こることがほとんどです。財産的に勝つことだけを目的にすると、その後の親族関係が壊れてしまい、依頼者の方が長く苦しまれることもあります。
当事務所では、「相続『後』に笑って楽しく安心できる生活を」という理念のもと、依頼者の方の正当な権利を実現するとともに、その後の人生の再スタートまで見据えたサポートを心がけています。

